我復帰す

諸般の事情で停止しておりましたが
二月二十六日付けをもって再開致します。



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これでいいのか仏教は

うちの寺で節分の家内安全祈願をしてくれると言うので行って来た。
クリスチャンであるにも関わらずであるが、
修行をした人が自分の為に祈ってくれると言うのはおそらく良い事であろうということで。

冒頭で和尚さんが
ねたみや恨み、怒りや驕りはよくないですよと
さらっと言った後に南無妙法蓮華経の大合唱
お焼香やら坊主トリオのわけのわからないお経
最後に今回の祈願依頼をした人の読み上げ
そして豆まきとなった

のであるが。
会の締めに
「月初にお守りの祈願もしていますので是非きてください
きっと良いですから」と

教会に通っていた身としては(今は土地柄行くのが困難なだけである。
法話の一つ、説法の一つも無いことに違和感を感じたのである。
(教会には該当する行事は無いが、週一のミサでは時に応じたお話がある。
妙法蓮華経も唱えまくっている人には意味がわかって当然かもしれない
しかし聖人がとなえたのは妙法蓮華経に帰依してその教えを実践することで
救われると説いたのではないのか。
お金を払ってあなたの為に祈ってあげます。
これはまだいい。
世の多くのセラピストも、道教の人たちも
「お金をもらわないと真面目に聞いてくれないから、
お金を払って情報を得ることでそれに真摯にむきあってくれるのです」
と言う。
祈願にお金を払うこと、それによって自身も祈願の内容を強く思うことは
その人の為になろうと思う。
(祈願の内容には受験合格もあったようである。
受験生さんにおいてはがんばって欲しい)

私の父の友人のカトリック教徒は
「寺?あんなの宗教じゃねぇ。ただの商人じゃねえか」
と言い放ったそうである。

ある意味で
祈願をしたら幸せになれる(先祖の供養をしないとバチが当たる)というような
そういう金儲けの為だけに人を集めるのは
カトリックが通った「免罪符売り」に似て滑稽である。

これでも宗教なのかね。仏教と言うのは。
意味不明なお経をありがたがらせるよりも
「おれは仏教徒になったから人を殴れないんだ」と警官をやめたイタリア人の友人の方が
よっぽど宗教人であると私は思う。

追伸:
それでもまだ、豆まきとお菓子まきの後で
子供連れに自分の拾ったお菓子を上げて居る人も居た。
まだまだ捨てたものではない。


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